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そこにそのビルが存在し、そういう形になっているのは、それによって得する人間と損する人間とむかつく人間と喜ぶ人間がいるからだ。

あまり高いビルを建てると、景色が悪くなって気分が悪いという人、できるだけ高いビルを建てた方が、儲かるという人、この場所に住みたいという欲求を持つ家族たち、ここに人が引っ越してくれると、客が増えると考えるスーパー、都市計画上、ここにビルがあると都合の良いお役所の人たち。

そういう複雑な利害と感情が織り込まれた結果、それがそうして存在する。都市において人間が目にするほとんどすべての景色は、そうやって形成されたものだ。決して、そこにビルを建てるのが、「論理的に正しい」からではないのだ。人間は、青ざめた正しい論理でできているのではなく、赤く燃え立つダイナミックな喜怒哀楽と損得でできている。

そして、そこにそのビルを建てるのに、もっとも重要な能力は、技術力でも論理的思考能力でもなく、そういう複雑な利害関係と感情関係を調整し、組み立てて、自分のビジョンを現実化する能力だ。

それを、人は、コミュニケーション能力と呼んだり、マネージメント能力と呼んだり、企画能力と言ったり、デザイン能力と言ったり、設計能力と言ったり、リーダーシップと呼んだり、マーケティング能力と言ったり、政治力と言ったりする。

どれも、同じことだ。女の子を口説くのは、女の子に対してマーケティングしているだけだし、社員の心をつかむために何をすべきか、という経営会議の議題は、社員に対するマーケティングプランを組み立てましょうということだ。そして、消費者の心をつかむためのマーケティングプランやデザインについて話している時、実は、消費者の口説き方について話している。すべては同じ、ある一つのことをやっている。

そして、その能力が高い人が、「有能」と言われ、低い人が「無能」と言われているだけの話だ。